白石一文さんの『一億円のさようなら』を読みました。
思ったよりお金がメインの話ではなかったです。
感想・レビュー
キャッチーなタイトルとは裏腹に、着実に一歩一歩踏みしめるように人生を見つめ直す作品だった。結婚、子育て、外食、お酒、車、会社経営などなど、かなりボリュームのある物語の中に僕とは縁遠いワードが敷き詰められていて、立派な「大人」の小説だなと思った。昔はこういう小説を読んで「いつか自分も会社とか人付き合いとかが日常の一部になるのかな」と漠然と考えていた。しかし、30代に突入した今もそんな気配は全くなく、幼稚なまま年を重ねてしまっている焦燥と、きっと自分は普通の人が当たり前に通っていくような大人チックな諸々とは関わらずに人生を終えるのだなという諦念が入り混じった複雑な気分になる。
本書の登場人物はみな意志がはっきりしていて、内容の良し悪しに関わらず、自分のしたいことをなんとしてでも実現しようという気概に溢れている。作中ではたった一年で状況が大きく変化しているが、フィクションとしての仕掛けというより、一人一人が精神的に自立して動いた結果として物語が前に進んでいるような印象を受けた。
序盤では福岡の地名がいろいろ出てきて、地元民としてはうれしかった。天神地下街や筥崎宮はまだしも、ビックカメラ2号館はレベルが高い。(家電を買うなら1号館ではなく2号館)
ただ、ひとつだけ気になったのは、「放生会」という漢字に「ほうじょうえ」とルビが振ってあったこと。福岡市民としては「そこは『ほうじょうや』だろ!」と突っ込みたくなった。振り仮名をつけているのが著者か校正担当かはわからないし、主人公が福岡育ちではないのであえて全国的にメジャーな読み方にしたのかもしれないが、やはり「ほうじょうや」と書いてあるのが見たかった。
いずれにしても、こんなに福岡の街並みを描いてくれた小説は、ずいぶん前に読んだ『弁護士探偵物語 天使の分け前』以来。物語の内容にかかわらず、知っているスポットが出てくるとそれだけでわくわくする。
本書では福岡だけでなく金沢や鹿児島の様子も描かれていて、実際に現地に足を運んで取材をしたことが伝わってきた。僕が現実社会を舞台に小説を書いたら、主人公が福岡から出られなくて、著者の出身地がすぐばれそう。
さいごに
当初の予想に反して、奇抜さよりも堅実さを強く感じる小説でした。文庫解説にもありましたが、主人公や妻の夏代が単純な「いい人」ではないのが魅力的ですね。
理性と女性らしさが同居する夏代の柔らかいしゃべり方はめちゃくちゃ好きでした。
魔性……。
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