まだまだ続く原発事故の後始末。赤松利市『藻屑蟹』を読んだ感想。

赤松利市さんの『藻屑蟹』を読んだ。

テレビ朝日の『激レアさんを連れてきた』で著者が紹介されていて、どんな小説を書くのか気になっていた。

勝手に私小説的な作風を想像していたが、思ったよりちゃんと「フィクション」だった。


※以下の感想にはネタバレを含みます。作品を未読の方はご注意ください。

この記事を書いている時点では、『藻屑蟹』はAmazonのKindle Unlimitedで読み放題の対象になっています。(2023年8月27日時点)

Kindle Unlimited公式サイトはこちら



感想・レビュー

お金が生む分断と孤立

『藻屑蟹』では、福島原発事故の後始末に関連したお金の話が取り上げられている。

高額な賠償金を受け取った避難民が、憐れみではなく妬みの対象となってしまい、移住先の人々から心無い言葉を浴びせられたことは当時ニュースで話題になった。

作中では、そうした避難民の孤立が、原発反対の声を封殺するために、政府や電力会社によって意図的に仕組まれたものだとしており、あってもおかしくない話だなと思った。(もちろん小説なので真実とは限らないけれど)

個人的には、政府や電力会社はそこまで深くは考えておらず、「とりあえずお金を渡せば文句は言えないだろう」くらいの感覚だったのではないかと思う。

前例のない事故だったため金額の妥当性の判断が難しく、結果的に庶民感覚からすると過剰気味の高い額の賠償金になったのではないだろうか。


コロナ禍の休業補償でも、たくさんのお金を受け取った人は周囲からのやっかみの対象になった。不満の矛先が、お金を配った側だけでなく、受け取った側に向いてしまうのが、なんとも悲しいところである。

被害や損害を救済するためのお金が、逆に受け取った人々を追い詰める。東日本大震災や原発事故は、その醜悪さが極端に表れた例だと思う。

新人賞を取ったのは第1章

『藻屑蟹』は、第一回大藪春彦新人賞受賞作品であるが、受賞の対象は第1章までの部分。残りの3章は書籍化に当たって追加されたようだ。

実際、最も勢いを感じたのは第1章。選評でも述べられている通り、主人公の友人(純也)の印象が途中でガラッと変わるのが面白かった。

最初は善良な社会人っぽい友人が、単に嫌な奴だったというだけでなく、人の死を目前に平静を保っていられないようなちっぽけな悪人なのがまたいい。


2章目以降に関しては、主人公のお金に対する葛藤がややくどく感じた。個人的に「酒と女」にはあまり興味がないので、登場人物の欲望の向かう先がそういう方面に行ってしまうとついていけなくなる。

高いお酒を飲んだり風俗店で女遊びをしたりする楽しさは、ドラマや小説の演出としては理解できても、本質的にはよさがどこにあるのかこの先一生腑に落ちない気がする。


1章から4章までは全体としてよくまとまっていて、1つの作品として全く違和感がない。後付けで2章目以降を考えたのだとしたら、とんでもない文才だと思う。

『激レアさん』では、寝ている間に文章を考えて、目覚めてから文字に起こすという驚きの執筆スタイルが紹介されていたが、本当だろうか?

60歳を過ぎてそんな荒業が使えるとは、恐ろしい作家さんである。

小説で解像度を上げる

キャバ嬢のマキの素性を知ったとき、主人公は弔慰金をもらった震災の遺族も原発事故の避難民と同じく分断や孤独に悩まされているのだと気づく。

このシーンを読んで、「原発事故」と「震災(地震や津波)」は当事者にとっては全く別の文脈で語られるべき事象なのだなと思った。

正直なところ、僕はつい原発事故と震災を一括りにして考えてしまう。両者をまとめて「東日本大震災」と呼ぶそうだが、そこに性質の異なる個別の事象が内包されていることにはほとんど意識が及ばない。

そもそもずっと九州に住んでいると、テレビやネットから得た情報しかなく、大震災自体に現実感がない。失礼ながら、ウクライナの戦争やハワイの山火事と同じくらい遠い場所での出来事に感じられる。

小説は、登場人物の体験や思考を通じて、自分とかけ離れた場所で起こった事件や事故への解像度を一気に高めてくれる。

『藻屑蟹』は、物議を醸しかねないギリギリの描写で、僕と原発事故との心理的距離を、ジョジョに出てくる「ザ・ハンド」のように力強く削り取っていった。


さいごに

ちょうどこの本を読んでいる最中に、 福島第一原発での処理水の海洋放出が始まった。

漁業者や水産加工業者への補償金など、きっとまたたくさんのお金が動いて、人々は翻弄されるのだろう。

原発事故が「終わった」と言える日がくる未来が、全く見えない。


関連記事:【比較】AmazonのAudible(オーディブル)とKindle Unlimitedはどっちがいい?それぞれのメリット・デメリットまとめ。