円城作品は難解だと聞いていたが、30ページ弱の短編を読んだだけでも、その意味がなんとなくわかった。
※以下の感想にはネタバレを含みます。作品を未読の方はご注意ください。
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感想・レビュー
主人公の野実実(のみみのる)は、プログラムで「リスを実装」している。といっても、モニターに映像を出力することはなく、単に時間経過によってオブジェクトのパラメータが変化していくだけだ。映画『マトリックス』で、ハッカーたちが緑色の数字の羅列を見ただけで情景をイメージしていたように、野実もコードから森の木々やリスの動きを想起している。面白いのは、野実があえてプログラムに厳格な条件付けをしていないことだ。パラメータの上限、下限が適切に設定されていないから、すでに目覚めているリスがさらに目覚めたり、埋められた以上の数の木の実が掘り起こされたりする。
僕も以前少しだけプログラミングをかじっていたが、コードを書くときに気を抜くと、常識ではありえない結果が返されることが度々ある。プログラミングに取り組んでいると、自分たちの生きている世界には、明確には言語化されていない条件が無数に存在していることに気づく。白紙のプログラムは無限の可能性を秘めていて、コードを記述することはその自由を削っていく作業なのかもしれない。
この作品を読んでいて考えされられるのは、「人間は実装できるのか」という問いだ。
よく「人工知能は人間を超えられるか」という議論が交わされるが、実際に人々が関心があるのは、「機械が人間の能力を上回るか」ではなく「プログラムで人間の思考や感性を再現できるか」だと思う。チャットGPTや画像生成AIは確かにすごいが、結果を出力するまでの過程が人間とは全く異なる。人間と同じように感じ、考えて答えを導き出すプログラムでなければ、僕らは素直に納得できないだろう。
物語は、野実自身の人生や生活がプログラムによって定められたものなのではないかという含みを持たせて終わる。しかし、そもそも野実は小説の登場人物であり、すべてが言語化された世界の中で生きている。言葉で語り尽くせるものは、努力すればプログラムに落とし込める。言語の世界の内側で完結している「野実実」という存在は、「実装」できてもおかしくはない。
人間を実装しようとしたとき、難しいのはその「言葉にする」という作業だ。身体性とは不可分の外部刺激に対するリアクション。無意識を含めた感情の変化と思考パターン。それらを客観的に把握し記述することは、やはり不可能ではないかと思う。
あらゆるものを言葉で表現しようとする点で、プログラミングと小説は似ている。『リスを実装する』は、思考実験をそのまま文章にしたような小説で、複雑なコードを一行ずつ解読していくような読み心地だった。
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