知念実希人『硝子の塔の殺人』を読んだ感想。読者への挑戦状に受けて立とう!

知念実希人さんの『硝子の塔の殺人』を読んだ。

知念さんの長編は初めてだったけど、とんでもない作家だなと思った。


※以下の感想にはネタバレを含みます。作品を未読の方はここから先を絶対に読まないでください。

この記事を書いている時点では、『硝子の塔の殺人』はAmazonのKindle Unlimitedで読み放題の対象になっています。(2023年9月3日時点)

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知念 実希人 (著)


感想・レビュー

ミステリーを読むうえで大事なのは、自分がどこまで謎を解いているのかをしっかり把握しておくことだ。探偵役が真相を明かした後になって、「やっぱりね」と知ったかぶりするのはみっともない。なんとなく怪しいなとだけ思っていると自分でもわかっていたと勘違いしてしまうので、トリックや犯人に気づいたらなるべくメモしておくべきだと思う。

『硝子の塔の殺人』では、謎解きのシーンが始まる前に、すでに必要な情報がすべて提示されたとはっきり宣言される。しかも2回!今どき2重構造のミステリーは珍しくないが、その都度読者への挑戦状がたたきつけられる作品は見たことがない。せっかくなので、僕も真剣に推理してみた。

僕が謎解き部分を読む前に気づいたことは以下の通り。

・朝日を利用した収斂発火(第2の事件)
・上の階から開いた窓を使って遺体を入れた(第3の事件)
・犯人は加々見
・碧月夜は裏で何かしている(荷物の置き場所、主人公の部屋での行動が不自然)
・神津島は途中まで生きていた

見抜けなくて悔しかったのは、第2の事件での角砂糖を使った密室トリック。シンプルだけど確かに実現可能で、素晴らしいアイデアだと思った。

第3の事件で巴の死体を窓から室内に移動させるトリックは、月夜が誰かが窓から上り下りした痕跡がないこと強調するので、自分の考えに自信がなかった。結果的には、神津島の脚本としては正解だけど、実際にはトリックが行われていないから、窓に跡が残っていなくて当たり前というオチ。設定が複雑すぎて、どこまでたどり着いていれば推理が合っていたことになるのかわからない。

この作品で面白いのは、普段ならミステリー小説のお約束としてスルーしてしまう無駄に派手な演出やご都合主義による違和感を、神津島の書き手としての詰めの甘さとして一蹴しているところだ。正直、明確におかしいと感じたのはシアターで火災報知機が作動しなかったことくらいで、有名な推理小説にも神津島の『硝子館の殺人』レベルのものはたくさんあるんじゃないかと思う。現実には無理だろとか、そんなにうまくいかないだろとか、ツッコミを入れたくなる部分があるのもまたミステリーの良さではないだろうか。月夜や九流間の評価はなかなかに手厳しい。

神津島、老田、巴、加々見の4人が全員グルの仕掛け人だということは、種明かしされるまで気づかなかった。神津島だけはなんとなく生きていそうな気がしたが、遊馬が飲ませたフグ毒が偽物だとまでは思い至らず。加々見は事件の犯人としては怪しんでいても、まさか館側の人間と手を組んでいるなんて発想はなく、老田と巴が死んだふりをしていたことには素直にびっくりしてしまった。

著者との推理対決は、完全に僕の負けである。悔しいけれど、とても楽しい時間だった。


非常に気になるのは、もし思惑通りに事が進んだ場合、神津島がどんなネタバラシを用意していたのかだ。

元々遊馬のピルケースの中身は偽物の毒(砂糖)だったのだから、月夜が殺鼠剤とすり替えなければ、加々見は死ななかった。フグ毒という設定上、一応は苦しんで息絶える演技はするかもしれないが、遊馬が診察すればすぐに嘘だとばれるはずだ。ネタバラシをするとしたら、タイミングはそこしかない。

これだけ大掛かりな舞台を用意した神津島が、「ドッキリ大成功」と書かれたプラカードを掲げ、テッテレーというBGMとともに登場、なんてことはたぶんしない。きっと、突如ダイニングに神津島の声が響き渡り、

「諸君、いかがだっただろうか。私が作り上げた本格ミステリの世界を楽しんでいただけたかな?」

とでも言うに違いない。そして、死んだはずの老田と巴が神妙な面持ちで現れ、事件の裏側を解説し始める……。

見どころは、演技をやめた素の仕掛け人たちが、どんな態度でしゃべるのか。もう勝手に想像するしかないが、月夜が純粋な「名探偵」だった世界線の話も読んでみたい。


さいごに

近ごろのミステリーは凝ったものが多く、事件が解決したと思ったらもう一段階先があるというパターンが増えている。

『硝子の塔の殺人』は、そうした作品の中でも抜群にレベルが高かった。

実は、少し前に読んだ『カササギ殺人事件』がすごすぎて、次に読むミステリーは何であれつまらなく感じるだろうと思っていたのだが、『硝子の塔の殺人』は見事に予想を裏切ってくれた。

僕の中でミステリーのハードルがどんどん上がっていくが、次に読む作品は期待に応えてくれるだろうか?


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