井戸川射子さんの『この世の喜びよ』を読みました。
これぞ、純文学……。
感想・レビュー
表題作の『この世の喜びよ』は、主人公に対して「あなた」と呼びかけるようにして描かれた2人称の小説。面白いことやってるなと思ったが、最後まで2人称である必然性がわからなかった。単行本で読んだので解説もなく、読了後は誰かの意見が聞きたくてたまらなかった。(ちなみに、一緒に収録されていた他の2作品は普通の1人称と3人称だった)個人的には、物語の後に病気か事故で命を落とした主人公が、あの世から当時の自分に向かって語りかけているように感じられた。タイトルが、「この世」の喜びよ、なので、少なくとも現世ではないどこかに視点があるのだろうと思う。ふとした日常の手触りをそのまま言葉にしたような文章からは、かけがえのない「この世」を愛おしむ気持ちがにじみ出ていた。
舞台がショッピングセンターの喪服売り場なのは、人生のゴールである「死」が意外と身近にあるというメタファーに感じた。フードコートやゲームセンターと同じように、ふらっと立ち寄れる場所に「死」が並んでいる。そんなイメージが思い浮かんだ。
どうして2人称にしたのか、どうして長い「この世」の中でこの場面を切り取ったのか。たぶんはっきりした正解はないのだろうけど、このやり方でないと伝わらない何かがあったのだと思う。散文でありながら、詩のような光を感じる作品だった。
さいごに
最近の芥川賞受賞作は読者を引き付けるためにミステリ的な技法を取り入れたエンタメ寄りの作品が増えた印象ですが、『この世の喜びよ』はまっすぐ純文学な作品だなと思いました。2人称にした理由が解かれるべき「謎」だとすれば、これもミステリーですが……。(表紙の絵もかなり謎)
2人称で小説を書くのは技術的に難易度が高いはずなので、違和感なく読めるだけでもすごいと思います。
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