サン=テグジュペリの『夜間飛行』を読みました。
絶体絶命のピンチを描いているはずなのに、静かで美しい文章。
飛行士でもある著者の、空への愛にあふれる作品でした。
あらすじ・概要
舞台は20世紀初頭の南アメリカ大陸。当時まだ命の危険と隣り合わせだった、夜間の郵便飛行に従事する人々の物語です。
夜空の美しさと天候の急変に翻弄されながらも、勇敢に任務を遂行するパイロット。
仕事の意義を信じ、妥協なく厳格な判断を下すリヴィエール社長。
彼らを支える地上の事務員、エンジニア。
そして、飛び立つ夫の無事を祈り、帰りを待ちわびる妻たち。
夜間飛行に対するそれぞれの信念や葛藤が、一晩の緊急事態を通して描かれます。
感想・レビュー
主人公はリヴィエール?
物語の最大の見せ場は、悪天候に遭遇した航空機が、無事地上に帰還できるかどうか。しかし、セリフや登場シーンが多いのは、パイロットよりも、航空会社の社長であるリヴィエールでした。
仕事に対する彼の考え方は、終始一貫していてかっこいいんですよね。
小さなミスやなれ合いも許さないのは、航空郵便の発展を願っているからで、実は誰よりも部下を愛し、飛行士の無事を祈っている。
自身が嫌われることもいとわず、夜間飛行事業の成功を目指して戦う姿には、職業人としての気高さを感じます。
もし自分の上司だったら嫌ですけどね(笑)
冷徹な言動の裏で、時折見せる人間的な弱さに、つい応援したくなってしまいました。
また、リヴィエールが部下をクビにしたときの、
「悪がひとを通じて現れる以上、人を取り除くことになるのだ」
という言葉にはハッとさせられました。
「罪を憎んで人を憎まず」とはいうものの、罪を裁くためには人を裁かなければならない。
処罰の本質を的確に表しています。
夜空の描写が美しい
物語中では、夜空の様子がきれいな言葉で描かれていて、うっとりするような表現がたくさんありました。中でも印象的だったのは、航空機が厚い雲の上に出たときの一節。
「宝の蔵に閉じ込められて二度と外には出られないおとぎ話の盗賊のように、つめたい宝石に囲まれて、かぎりなく富裕でありながら死を宣告された身として、彼らはさまよっていたのである。」
高度3000mの上空で、光り輝く雲に閉じ込められて、満天の星空と心中するなんて、最高にロマンチックじゃないですか?
この他にも、空から見た地上の光や、真っ暗闇の中の機内の描写は素晴らしく、実際に飛行士として活躍した作者ならでは。
語彙力の豊富さだけではカバーできない、経験と思考の積み重ねが文章ににじみ出ています。
読者を引き込む見せ方
物語の構成で見事だったのが、状況の見せ方。航空機が雲の上に出た後は、直接の描写はなく、読者は地上のオペレーターたちと同じく、電信でしか経過がわからない仕掛けです。
情報が断片的にしか示されないことで、実際に現場にいるような焦りや緊張感を味わえました。
最後、飛行士たちの死を、燃料切れの時間から判断するのも現実的。
一瞬で空気が弛緩し、無力感が広まっていく様子が伝わってきて、僕も力が抜けました。
奇跡が起こるわけでもなく、話の展開としてはシンプルなのに、ここまで読者を引き付けるとは、サン=テグジュペリおそるべしですね。
さいごに
今までは、サン=テグジュペリといえば『星の王子さま』でしたが、個人的には『夜間飛行』の方が好みです。こんなにリアルな小説を書いていたなんて知らなかったなあ……
まだ僕が読んでいない『人間の大地』も傑作らしいので、とっても楽しみ!