サン=テグジュペリの『人間の大地』を読みました。
作者の飛行士としての体験が壮絶過ぎてびっくり。
この本が存在しているのも、奇跡だなあ……
あらすじ・概要
飛行機のパイロットとして活躍したサン=テグジュペリが、自身の経験をもとに、仕事や生きる意味について綴ったエッセイ。命の危険を顧みず任務を遂行する飛行士。
砂漠の厳しい環境で暮らす人々。
日々の仕事に埋没する労働者たち。
人間の本質はどこにあるのか、深い思索を研ぎ澄まされた言葉で紡いでいます。
感想・レビュー
いつも心に王国を
『人間の大地』では、本当に大切なものは人間の心の中にしかない、と言葉を変えて何度も繰り返し述べられていました。僕の一番のお気に入りは、「王国」という表現。
人は誰しも心の中に王国をもっていて、みなその国の君主である。
そう考えると、なんだか自分が強く、誇らしく思えてきませんか?
「庭」や「世界」でも一見同じようですが、「王国」といわれると、急に壮大な風景が頭に浮かぶから不思議です。
また、どんな相手でも王様なのだと思えば、人との接し方も変わってくるはず。
ちょっとした会話も、国どうしの外交を想像すると楽しいですね。
ただ、そんな「心の王国」を他人に支配された奴隷の話は、なかなかにショッキングでした。
ある日突然拉致されるのは、得体のしれない闇に足を踏み入れてしまったような不気味さがあります。
作者は不帰順地域の奴隷の一人を買い取って解放していましたが、その後無事に元の生活に戻れたのかどうか……
人間としての尊厳をもって生きていられるありがたみを、心底実感しました。
飛行士は不死身?
作者が砂漠に墜落し、そこから生還を果たしたエピソードは、本当に実体験なのか疑ってしまうほどに壮絶でした。多少の創作はあるのでしょうが、砂漠で3日間、ほぼ水なしで生き延びるなんて信じられません。
しかも200㎞も歩いてるし……
雪山に遭難したギヨメも含め、飛行士の生命力の高さには脱帽するしかないですね。
しかしながら、助けられてからの部分が詳しく語られていないのは、非常に残念!
砂漠でのピンチを脱した2人が、その後どんな会話を交わしたのか、周囲はどうリアクションしたのか、ものすごく気になります。
エッセイのテーマ的には必要ないのかもしれないけど……
伝記とかを読めばわかるのかな?
ちなみに、極限状態の描写で、僕が共感したのが、
「僕は眠りに落ちながら、自分がすばらしい力を行使しているような気がしていた。今ここにある世界を拒絶する力だ。」
という一節。
どんなにつらくても、眠っている間だけは、意識を現実から引き離すことができる。
以前長期入院したときに感じた睡眠の喜びが、見事に言語化されていて、思わず手帳にメモしてしまいました。
すべてが無になる束の間の幸せは、砂漠にも病室にも共通して存在するみたいです。
大事なのは手段ではなく目的
3章のあたりでは、時代の変化と文明の発展について書かれていました。そこで述べられていたのが、目的と手段を混同する危うさ。
似たようなことを言っている人は他にもたくさんいますが、サン=テグジュペリが素晴らしいのは、当たり前の考えでも、巧みな表現を駆使して、読者を引き込む詩的な文章にしてしまうところ。
たとえば、興味深かったのが次の言い回し。
「発明品を完成させることは何も発明しないことに似ている。道具の目につく仕組みが徐々に消滅し、最終的には波に磨かれた小石のように自然な形状を持つ何かが僕らの手に委ねられる。」
発明品はあくまでも手段に過ぎないから、なるべくなら姿を消して、目的が達成できる最小限の形になるのが理想だというわけです。
単に「無駄を省くのが大事」とか「シンプル・イズ・ベスト」で終わらず、ここまで丁寧に、印象的な言葉で書ききるのはさすがですよね。
本質を捉えようと、とことんまで深く考え抜いているのが伝わってきます。
さいごに
以前読んだ『夜間飛行』は今回の『人間の大地』とは翻訳者が異なっていましたが、どちらも違和感のない美しい文章でした。訳が素晴らしいのはもちろん、サン=テグジュペリの作品には、言語に左右されない普遍的な魅力があります。
世界が広く透き通っていく感覚、大好きです。