浜村渚の計算ノートの『9さつめ 恋人たちの必勝法』を読んだ。
浜村渚シリーズは、初期のころはもっと殺伐とした印象だったが、巻が進むにつれて雰囲気がやわらかくなった。
おそらく、読者層の広がりを考慮して、描かれる事件の深刻さを調整したのだろう。数学者たちによる「テロ」は、建物などの被害は甚大だが、ある時からは全く死人が出ていない。
こうした作風の変化は、人によっては違和感を覚えるかもしれないけれど、僕はむしろ安心して読める作品になり、うれしく思っている。
やはり、人が殺される展開は、たとえ小説であっても、できれば目にしたくない。
純粋に数学を使った謎解きを楽しめるライトなミステリとして、浜村渚シリーズにはこれからも長く続いてほしい。
ぶっちゃけ、事件の解決と数学との絡め方はいつも強引(というかほぼダジャレ)だが、そのゆるさがまた魅力である。
レピュニット数の謎
今回の「9さつめ」で取り上げられているのは、不等式や順列、確率など、比較的なじみのある題材で、ほとんど僕の既存知識で対応できる内容だった。
しかし、「レピュニット数」という言葉は初耳。1が並ぶ数に特別な名前が付けられているとは知らなかった。
そのレピュニット数を扱った1話目「1を並べよ、並べよ1を」では、作者から読者への挑戦状ともとれる問いが提示されていた。(以下引用)
「偶数ケタのレピュニット数はみんな、二乗の数どうしの差で表せる」(78ページより)
渚の解説は「11が62-52だから」というあっさりとしたもので、きっと青柳さんは、読者に自分の頭で考えさせるために詳しい説明を避けたのだろう。
というわけで、僕も考えてみたのだが……。あれれ、おかしい。
レピュニット数に関わらず、1より大きい奇数はどれも、二乗の数どうしの差で表せてしまうのだ。
一体どういうことか?
まず、ある奇数xを2n-1(nは1以上の整数)とする。
(n-1)2=n2-2n+1であるので、式の左辺と右辺を整理すると、x=n2-(n-1)2という風に、xは二乗の数の差で表現することができるのだ。
こう考えると、渚が「偶数ケタのレピュニット数」に条件を限定していた理由がよくわからない。
セリフの意図を僕が読み違えているのだろうか?
もやもやしてしょうがないので、自分でもレピュニット数について少し勉強してみることにする。(わかる人がいたら教えて……)