【50音エッセイ】第1回 「蟻」について

50音順にテーマを決めてエッセイを書いていくコーナー。

第1回目は「あ」の「蟻」について。


「蟻」について

子どものときは好きだったのに、大人になって苦手になったものがいくつかある。その一つが蟻(以下片仮名でアリと表記)である。

小学校に上がったばかりのころ、家の近くの岩壁の下に、アリがたくさん出てくる穴があった。幼い日の僕は無慈悲にも彼らをつまみ上げ、砂を敷き詰めたバケツに放り込んだ。

大量のアリを収容したバケツは玄関横の廊下の隅(アパートの共用部分)に置いていたが、誰からも咎められることはなく、時折砂糖菓子や虫の死骸を与えて観察を楽しんだ。バケツにはフタがなく、いつでも逃げ出せる環境だったにも関わらず、アリたちは定期的にえさの供給される空間に住まうことを決めたらしい。父の仕事の都合で引っ越しが宣告され、泣く泣く植え込みの陰でバケツをひっくり返したときには、迷宮のような複雑な巣が形成されていて驚いた。

それからしばらくの間、アリに対する興味は年齢が上がるにつれて薄れていった。一度だけ自由研究用のアリの観察キットを買ってみたが全然うまくいかず、やはり青いゼリーなんてアリにとっても不自然すぎるのだろうと思った。

再びアリと真剣に向き合うことになったのは、高校生のころ。今度はむこうから会いに来た。

当時アパートの1階に住んでいたのだが、ある日帰宅すると、駐輪場から我が家の玄関に向かって、黒い点々が続いていた。扉を開けても行列は続き、アリたちは玄関に一番近い部屋にある机の裏へと出入りしていた。

それまでは家の中でアリを見つけても「ああ、迷い込んでしまったんだな~」としか思わず、優しく外へ追い出すだけだった。しかし、行列となった彼らの姿から伝わってきたのは、明確な意思。このままでは家中アリだらけになるのではないかと戦慄が走った。最終的に、防虫スプレーを吹き散らすなどして撃退に成功したが、この経験を経てアリに対する見方が変わってしまったことは言うまでもない。

アリを目にしたときに覚える恐怖心は、一匹一匹の「個体」に対してではなく、連携して動く「組織」に対するものである。人と接するのが苦手なのも、対面する相手そのものが怖いのではなくて、その背後に他者との連帯を嗅ぎ取ってしまうからかもしれない。


関連記事:【比較】AmazonのAudible(オーディブル)とKindle Unlimitedはどっちがいい?それぞれのメリット・デメリットまとめ。