僕は本気で小説家を目指しているわけではないけれど、松岡さんの書いた『万能鑑定士Qの事件簿』シリーズや『ミッキーマウスの憂鬱』は好き。
シビアな部分も含めて、ビジネスとしての小説家の現実が知れて楽しかったです。
小説家になって億を稼ごう (新潮新書) [ 松岡 圭祐 ]
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売れっ子作家の現実
この本は、読者である「貴方」が売れっ子作家になる前提で、松岡さんがデビューからヒット後までの必要事項を淡々と語っていく形式。
編集者とのやり取りや契約時の注意点など、実際に作家になったら待ち受けているであろうあれこれが、実用的な事務手続きも含めて超具体的に書かれていました。
作家になるためのノウハウ本というよりは、作家になってからの処世術を学ぶ本ですね。
ベストセラー作家の疑似体験をしているようで面白かったです。
物語は頭の中で完成させる
小説の作り方として推奨されていたのが、「想造」という松岡さん独自の手法。
詳しくは書きませんが、先に頭の中でストーリーを完結させてから執筆作業に入るのがポイント。物語を「作る」作業と文章を「書く」作業が完全に切り離されているのです。
物語が出来上がるまでは、一定数の登場人物と舞台を設定してひたすら妄想を膨らませるだけなので、文章に苦手意識がある人でも取っつきやすい、画期的な方法だと思いました。
高校の夏休みの宿題とかでやらせたら、ベストセラー作家がたくさん生まれる予感がします。
最初にイメージを作り上げてから文章に落とし込む書き方は、作家の森博嗣さんも同じようなことを言っていました。
森さんは『読書の価値』という本の中で、小説は書くよりも読む方が時間がかかると述べています。
理由は、文章を読むときは頭の中でイメージを作る、つまり情報を増やす必要があるのに対し、書くときはすでにあるイメージから情報を削って文字にしていけばよいから。
読むより書くスピードが速いなんて、俄かには信じがたいですが、たしかに理屈は通っています。
森さんや松岡さんのような多作の作家を目指すなら、頭の中だけで物語を完成させる能力は必要不可欠なのかもしれません。
「書く」以外にも苦労は多い
この本の文章はあくまでも一般論として書かれたもので、松岡さん自身の経験については明示的には述べられていません。
しかし、随所に松岡さんの苦労がにじみ出ていて、とくに映像化に関しては何か苦い思い出があるんだなと感じました。
自分の小説が映画やドラマになるのは単純に喜ばしいことの気がしますが、内容には口出しできず、納得できない結果に終わる場合も多いようです。
また、印税にまつわる編集者との駆け引きは、出版業界を扱った本では定番のネタで、やっぱり大変そう。
本ができるまで契約が口約束という日本の慣例は、何度聞いても恐ろしい……。仕事を依頼するときに紙で契約書を交わすのは社会人として当たり前のことではないでしょうか?
以前読んだ『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』では裁判沙汰にまで発展していて、そりゃあそうなるよ、と思いました。
僕の派遣の仕事も雇用は不安定ですが、正式な書面なしで作品作りに取り組むのに比べたら、精神的にはまだマシな気がします。
さいごに
松岡さんの小説はあまりにも発刊ペースが速いので、僕はてっきり「松岡圭祐」という名義の作家集団なのかと思っていました。
この本を読むと、どうやら違うみたいです(笑)
自分と同じ一人の人間なんだと考えると、なんだかしみじみ……。